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熊本地方裁判所山鹿支部 昭和36年(ワ)33号 判決 1964年5月26日

原告 渡辺義行

被告 鹿央村

主文

被告は原告に対し金三万円を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は五分してその三は原告のその余は被告の、各負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し金十五万円を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、請求の原因としてつぎのとおり述べた。

(一)  田代ミヨシは、昭和三十五年十月十二日、原告に対し、別紙記載<省略>山林(以下「本件山林」と云う。)が米加田卜子の所有ではないのに、被告作成名義の本件山林が右米加田の所有である旨記載した資産証明書(以下「本件証明書」と云う。)、同女の委任状、印鑑証明書を示して、本件山林は米加田の所有であり同女からその処分をまかせられているように装い、これを売却する旨告げて、本件証明書の記載を信用した原告をして、本当に本件山林が米加田卜子の所有であるものと誤信させ、代金八万円で売買する旨の契約を締結させ、即時代金名下に金八万円を交付させてこれを騙取した。

(二)  田代の右不法行為により原告はつぎのとおりの損害をうけた。

(1)  代金名義で支払つた金八万円

(2)  真実買受けたものと信用して、契約後に現地へ調査に赴いたときの自動車賃金一万円

(3)  本件の山林を取得しておれば、これを他に売つて少くとも金六万円の利益をあげることができた筈であるから、この得べかりし利益を喪失したことによる損害金六万円

以上合計金十五万円

(三)  本件証明書は、被告の吏員竹原某が現実にこれを作成したものであるが、右作成にあたり十分な調査をしないで真実と異つた所有関係を表示して証明したものであるから、その職務を行うについて過失があつたものと云うべきである。

原告のうけた(二)の損害は、本件証明書の記載を信用したことにより生じたものであり、同証明書作成の際の被告吏員の前記過失を原因として発生したものにほかならないから、被告は国家賠償法第一条により原告がうけた右損害を賠償すべき義務がある。

よつて、原告は被告に対し右損害金十五万円の賠償を求める。

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、つぎのとおり述べた。

(一)  原告主張(一)、(二)はいずれも知らない。

同(三)のうち、被告が本件証明書を発行したこと、その記載に真実と異つた記載があつたことは認める。そのほかの事実は否認する。

(二)  本件証明書の記載が誤つた事情は、つぎのとおりである。

本件証明書は、田代ミヨシの求めにより、被告税務課吏員が名寄帳に基いてこれを作成した。

同証明書には、「土地台帳副本に登載されている……………」と記載してあるが、これは名寄帳と土地台帳副本とは一致する筈のものであるから、簡便な名寄帳に基いても土地台帳副本も同じくなつているものと信じて前の文例に従いそのようにしたものである。

名寄帳には、米加田卜子は本件山林の納税管理人となつていたから、本件証明書が税金の対象の証明を目的とする本来の趣旨から云えば名寄帳の記載と一致しているのである。

ところが、右名寄帳の記載自体に誤記があつた。同名寄帳は、町村合併前の旧米野岳村において作成されたものであるが、土地台帳副本から名寄帳へ転記するにあたり、米加田寅彦(卜子の夫)の所有地桑鶴五千五十九番の一山林のほか米加田恒喜所有の三筆も恒喜を寅彦の先代と誤信して、卜子を納税代理人と誤記したものと判明した。

(三)  もともと、資産証明書は、当該申請人が当該年度においてどれだけの固定資産税の納付義務を負担しているかを証明することが目的であり、その発行は法令にもとづくものでなく住民へのサービスとして好意的にするものである。

したがつて、資産証明書発行行為は、公権力の行使に当る公務員の職務に関するものでなく、まして不動産の所有関係に関する証明書の発行は権限外の行為であつて、国家賠償法所定の行為にはあたらない。

また、資産証明書が前記証明目的で発行されるものである以上これを他人がこの証明目的の範囲を超えて所有関係証明の資料に供したとしても被告の関知するところでなくそこまでの責任を負う筋合のものではない。

(四)  かりに本件証明書の記載どおり本件山林が米加田卜子の所有であり、原告と田代との間に本件山林について売買契約ができたとしても、田代には米加田の代理権がなく、したがつて原告は本件山林の所有権を取得することができなかつたのであるから、被告の誤つた証明と原告の損害発生の間に因果関係はない。

(五)  かりに原告のうけた損害について被告に責任があるとしても、山林の売買にあたつては、ひとり所有関係だけでなく、抵当権、地上権等の負担の有無、立木の現況、石数等を調査すべきであるのに、原告は登記簿の閲覧、現地調査もしないで田代ミヨシの言のみを信じて本件山林を買受けたものであるから、原告には損害発生について過失があつたものであり、この過失は損害賠償額を決めるのにしんしやくされるべきである。

証拠<省略>

理由

成立に争いがない甲第八号証の六から十までによれば、田代ミヨシは、金に困つたすえ、田中光男に金策を依頼し、亡父寅彦所有の山林を担保に金を借りようとし、被告村係員から同人に関する資産証明書の交付をうけたところ、本件山林は米加田卜子の所有であると云う間違つた記載がある本件証明書(甲第二号証)であつたので、これを利用して、昭和三十五年十月十二日、山鹿市九日町こんにやく屋旅館で田中から紹介された原告に対し、本件山林は母卜子の所有であり同女からその処分をまかされており、また同地上には立派な杉立木があるもののように装い、本件山林を担保に金員を貸してくれと事実に反したことを言つて、本件証明書の記載を信用して貸した金が返らないときは本件山林やその地上杉立木によつて回収が可能であると誤信した原告から、売渡担保つきの貸金名下に現金八万円を騙取したことを認めることができる。

他方成立に争いがない甲第八号証の四、五によれば、本件証明書の交付手続にあたつたのは被告村書記の竹原公雄であつて、竹原は田代の願いにより、被告村備付けの名寄帳に基いて、米加田卜子が納税管理人となつている旨記載されている本件山林について、従来の証明書の文例にならつて、土地台帳副本上卜子が所有している旨の文面の本件証明書を作成交付したところ、右名寄帳は昭和三十年七月に町村合併した旧米野岳村から引継いだものであるが、土地台帳副本から転写する際誤つて卜子を納税管理人と記載したものか、本当は字城下の山林は米加田常喜、字浅井の二筆の山林は米加田敏雄が納税義務者であり、卜子は右山林と関係がなかつたことを認めることができる。

もともと、名寄帳により土地台帳副本に記載されてある事項を証明しようとするように、現実に使用する帳簿と証明事項記載帳簿とが異る場合にはいちいち本来の証明事項記載帳簿と引合わせるべき注意義務があるものと云うべきであつて、ある帳簿(名寄帳)により他の帳簿(土地台帳副本)記載事項を証明する手続が慣例として行われていたということだけで右注意義務を消滅あるいは軽減させることとはならないのであり、また、土地台帳副本から名寄帳へ転記するに際してはその記載に誤りがないようにすべき注意義務があることは云うまでもないところである。

前記認定事実によれば、被告の吏員が、本件証明書作成の際および証明の基礎となつた名寄帳作成の際のいずれにおいても、右注意義務を怠つた職務上の過失によつて、誤つた記載のある本件証明書を作成交付したものと云わなければならない。

被告は、資産証明書の作成交付事務は国家賠償法所定の職務に関する行為にはあたらない、と主帳する。

しかしながら、右証明事務は、地方自治法第二条第三項に例示された事項のなかに含まれていないとはいえ、長年市町村において取扱われてきたものであり、その性質は、私人の証明とは異り、市町村が公益的見地からその区域内にある不動産に関する事項(その証明事項が所有関係か税金担当関係かは別として)について証明をするという一種の公証事務に属するものであると云うことができるのであつて、このような長年の慣例に基きする公証事務は前同法に云う職務行為に入るものとみるのが相当である。

また、市町村が自己の手許にある所有関係を表示する土地台帳副本に基き所有関係を証することが権限外の行為であると云うことはできないし、税金関係だけの証明を目的とするものであつても所有関係を証する記載をして証明交付した以上所有関係の正否に関しても責任が生ずることは当然のことである。

つぎに、被告は、被告の本件証明書交付行為と原告がうけた損害との間に因果関係はない、と主張する。

成立に争いがない甲第八号証の八によれば、田代ミヨシは米加田卜子から本件山林(のうち同女所有分)の処分権限を与えられていなかつたことを認めることができるのであるから、通常の売買あるいは担保設定契約であれば、本件証明書が真実に合つていたかどうかに関係なく、無権代理人との契約として原告は目的物の所有権を取得しあるいはこれに担保権を取得し得ないものと云うことができるのであるが、本件は当初認定のとおり田代の消費貸借あるいは売買を装つた詐欺行為であるから、無権代理行為を理由として直ちに原告が所有権を取得できないで損害をうけたことと本件証明書の誤りとの間に関係がないと云うことはできない。本件証明書が田代に右詐欺行為の手段を与えたことは前記認定どおりであり、もともと資産証明書自体おおむね証明を願う人が自己の所有もしくは納税関係を他人へ証するために交付をうけるものであり、本件においてもその目的にしたがい使用されたものであるから、その使用(とその内容の誤り)によつて他人に損害を与えた場合には、右証明書交付行為とその行使により他人に生じた損害との間には通常生ずべき因果関係があるものと云わなければならない。その行使が善意にされても、また本件のように悪用されたものであつてもこのことに変りはない。

被告のこの主張も理由がない。

そうすると、被告は国家賠償法第一条第一項により、原告に対し原告がうけた損害を賠償すべき責任があるものと云わなければならない。

田代ミヨシに返済能力があると認められる証拠がない本件においては、前記騙取された金八万円はそのまま原告がうけた損害と云うべきである。

しかしながら、ほかに原告が主張する調査に要した自動車賃、転売利益の喪失の事実については、いずれもこれを認めるに足りる証拠はない。

そこで、賠償額について考えてみるに、通常不動産を担保にとつたり買受けたりするには、所有関係を証する権利済証をみたり、現地をみてその状況立木の有無等を確かめその所有関係、価値をはつきりさせてから取引するのが一般なことであるのに、前掲甲第八号証の六から十までによれば、原告は現地の調査もせず、田代の言葉と本件証明書の記載のみをたやすく信じて取引をする旨約して金員を即時交付したものであることが認められるのであつて、現地調査をするとか登記関係を調べるとかいま少しの注意をすれば容易には本件詐欺の被害にかからなかつたであろうと云うことができ、したがつて、損害の発生について原告にも過失があつたものと云わなければならないのであるから、原告のこの過失をしんしやくすれば、被告の賠償すべき金額は原告がうけた金八万円の損害のうち金三万円であるとするのが相当である。

そうすると、被告は原告に対し損害の賠償として金三万円を支払うべき義務があるものである。

よつて、原告の請求のうち被告の右義務の履行を求める分は相当として認容し、その余は失当として棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九十二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 西沢潔)

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